講演要旨

西本 伸志 「エンコーディングモデルを用いて自然な視覚体験下における脳機能を理解する」

我々の日常を彩る自然な視覚体験は、複雑で多様、かつダイナミックなものである。脳・神経系を研究する一つの目的は、このような自然で複雑な知覚体験を支える脳機能を理解することにある。本講演では、自然な知覚体験下における脳機能の定量的理解を目指すための新たな枠組みとして、 エンコーディング(符号化)モデルを用いたアプローチを紹介したい。このアプローチでは、知覚情報処理に関する仮説は任意の刺激に対する脳活動を予測する定量的モデルとして実装され、その妥当性は新規刺激に対する予測性能によって評価される。エンコーディングモデルを用いたアプローチは汎用的なものであり、その適用例は初期視覚野における視覚特徴表現から高次領野における意味情報表現まで、受動的知覚条件下から能動的認知タスク条件下まで、また単一細胞電位記録から機能的磁気共鳴画像(fMRI)記録まで、多岐に渡る。更に、 エンコーディングモデルは脳活動から知覚体験を読み出すデコーディング(逆符号化)を行うための基盤としても用いる事ができる。エンコーディングモデルは、自然で複雑な知覚体験と脳活動の結びつきを解釈するための強力な手段を提供する。

宮脇 陽一 「デコーディングモデルを用いた脳神経情報表現へのアプローチ」

脳では、多数の神経細胞が活動することにより、情報処理が行われている。脳活動のパターンをコンピュータの中を流れるコード(符号)のようにみなし、それをデコード(復号)することにより、脳活動にどのような情報が表現されているかを知ることができる。このようなアプローチを、脳情報デコーディングという。脳情報デコーディングは、脳活動パターンの特徴量を多次元で捉える統計学習モデル(デコーディングモデル)に基づく。モデルがどのような特徴量から情報を読み出しているのかを解析することで、脳活動における情報表現の様子が分かる。学習されたモデルに脳活動パターンを入力することで、ヒトが見ている画像を再構成したり、運動の意図を予測したりすることもできる。デコーディングモデルは、高性能なブレイン-マシン・インタフェースの基盤技術としても有用であり、医工学的応用可能性の高さからも、広く社会の注目を集めている。本講演では、まずデコーディングモデルの概念と技術的基礎について歴史を追いながら解説し、次に、本手法を使った最新の研究成果について、我々自身の試みも交えながら紹介する。最後に、これらの知見をもとにして、デコーディングモデルを使うことで、将来、脳神経情報表現の何がわかり、どう応用が広がり、またその限界はどこにあるのか、参加者の皆さんと議論を交わしたい。