技能情報学とは,身体技能を遂行また習得する際に機能する身体および脳の機械的また情報処理的メカニズムを計算理論(モデル)と実験(データ計測・解析)の手法を組み合わせて総合的に解明しようとする学問体系である.
「技能情報学(skill informatics)」という言葉は私の造語であるが,ほぼ同義の言葉に「スキルサイエンス(技能科学)」がある.スキルサイエンスとは,古川康一先生(嘉悦大学)が提唱されたもので,そのめざす内容は著書「スキルサイエンス入門」に具体的に記されている.また,藤波努先生(北陸先端大)も身体知研究会という研究会を主宰して,同様の研究を推進されている.
これらの既存の研究活動の「向うを張る」気はまったくなく,すでにこのような研究をされている研究者とは協力して,日本(あるいは世界)に技能メカニズムに関して体系的な研究活動を行う拠点を作ることが目標である.それにあたって,私がいま所属している組織の名称(情報システム学研究科,人間情報学など)と相性がよく,意味的に「科学」よりもあいまいな(?)「情報学」を冠する方がよいのではないかと考えて作った名前である.
私が接する技能の現場の方からはしばしば「科学では人間のことはわからない」といわれる.元来科学の領域に身を置くものにとって厳しいことばであるが,その意味は決して科学の軽視ではなく,科学的アプローチに対する無力感のようなものであると思う.科学はこれまで何世紀にもわかって積み上げられてきた厳粛なアプローチがある.実験においては,現象を決定づける変数を減らして,その変数の効果について白黒をはっきりさせる手法が王道である.また,複数の試行,複数の被験者に対して現象が再現させることを確認し,その効果を統計的な手段によって検証しなくてはいけない.しかし,本来,多数の要素が統合的に組み合わされることによって有効に機能する身体運動について,このアプローチを厳密に適用することが本当によいことなのかどうかはいつも疑問に感じるところである.実際,運動研究においても目的とする運動部位以外の部分の動きを拘束して行われる実験は多いが,それでは「全身が協調して機能する」というヒトの本来の姿を見失ってしまうのではないかと思うのである.
古川先生の著書「スキルサイエンス入門」にスキルサイエンスが対象とする問題が詳しく論じられている.ここでは,そこでの議論も参考にして,技能情報学が対象とする問題についてまとめておきたい.
モーションキャプチャ装置
大規模データ解析,連続量解析
筋電計測
運動を引き起こす原動力になるのは筋の収縮力であるから,運動発現のメカニズムを知るには運動中の筋活動を計測する必要があり,実際,スポーツ科学では
これはバイオメカニクスに相当する.
ヒトの
スポーツ科学はすでに研究がさかんであるから,研究題材として新たに取り上げる必要性はあまり高くないだろう.ここでは,むしろあまり研究があまり進んでいない以下のような課題を取り上げたい.
武術が素人から見ると「力技」であるかのように見えるが,実は非常に緻密なコミュニケーションプロセスである.例えば,相手に自分の動作を先読みされないような身体の使い方が求められるが,これはまさにコミュニケーションを意識した動作を実現していることを意味している.
このように,ヒト対ヒトのコミュニケーションを含めた身体動作の実現という意味で,b術は,バレエや楽器演奏などと共通する側面を有している.
土を耕したり杭を打ったりという力仕事は,全身をうまく使うことができてはじめて成り立つ技能である.ここで重要な点は,その作業を長時間続けることができることである.長時間続けられるためには,特定の筋に大きな力がかからない,大きな力は大きな筋に任せるといったように,全身を効率的に使う必要がある.
いわゆる「職人わざ」と呼ばれるものはすべてこの研究の題材となりうる.
壁塗り,陶芸工作,刃砥ぎ,...