jMonologue

ビブラートのメカニズム

ある知人から「フルート奏者のヴィブラート 理論と実践」という著書を紹介されて読んでみた.これフルート演奏におけるヴィブラートが身体のどの部分の調整によって実現されているのかを実験的に明らかにしようとしたものである.

前半はビブラートに対する考え方の歴史的変遷が書かれている.現代では,何でもビブラートをかけないと物足りないと感じる人,アクセントとしてノンビブラートを使う人などいろいろだろうが,やはり基本は「必要なところで必要なだけビブラートをかける」ということなのであろう.必要もないのにビブラートをかけないといけなくなるのは,ビブラートなしで良い響きを得る能力がないことの証明のようなものなのであろう.「余計なことはしない」,これは音楽演奏にかかわらず身体運動技能に共通する原理なのかもしれない.

そもそも,ビブラートには「振動数変動タイプ」と「振幅変動タイプ」があるそうだが,本来のビブラートは振動数変動タイプで,振幅変調タイプはトレモロと呼ぶべきだそうである.そのうえで,種々の楽器のビブラートにおいて,振動数変調の深さがとれくらいか,その周期がどれくらいかがまとめて書かれていたのは面白い.

さて,本論は後半である.ビブラートをコントロールするのは横隔膜なのか,咽喉なのか,あるいは身体の他の部分なのか,という疑問に対する答えを与えるのがこの部分の目的である.そのために,まず呼吸にかかわる機能解剖学が展開され,その中で,呼吸に関わる横隔膜,肋骨,その周辺の筋肉の働きが説明されている.身体運動が呼吸と密接にかかわっていることは日常的に感じていることであるが,身体運動中の呼吸のタイミングをモニタリングしたいという欲求を常にもっているのであるが,息の出入りを簡便かつ正確にモニタリングする方法がないために手を出しあぐねていた(私が知っているのは,胸の周りにゴムバンドを巻いてその伸縮を測る方法,鼻の前に風量センサを装着する方法,寝ている患者の身体の動きを測る方法ぐらいだが,いずれも健常者の日常生活中の呼吸をモニタするのに適しているとは思えない).呼吸に関する機能解剖学を土台にすればそのような方法を新しく生み出すことができるかもしれない.

話が脇道へそれてしまったが,X線写真や筋電計測の結果この著者が得た結論は,ビブラートは決して横隔膜で制御されるものではないということである.音色を調整するような短周期のビブラートは咽喉部分の制御によって,また,よりゆっくりとした音楽表現的なに関わる長周期のビブラートは胸郭や腹壁の制御によって実現されているということである.横隔膜は安定した呼吸を実現する土台となるもので,ビブラートの制御にはかかわっていないということである.

いずれにしても,この研究のように,科学に関する知識を背景にもちながら,現場で(演奏者に楽器を吹いてもらって)実験を行なってそれに基づいて有益な結論を得る,というのが運動分野の研究の王道であると思う.