研究紹介

 

脳は常に環境から膨大な感覚情報を受け取りながら,それらを巧妙に処理し, 物理的時間の流れの中で適切な行動を定め,複雑な機構をもつ身体を操っています. このように,脳が実時間で複雑な感覚運動処理を実現している土台には,何らかの情報処理原理が働いているはずです. 本研究室では,このような感覚・運動機能における情報処理メカニズムを明らかにすることを目的として研究を行なっています.

運動系のメカニズム

目の前にあるコーヒーカップに手を伸ばしてそれを掴むことは人間にとっては簡単なことです.しかし,この単純な動作をする際に脳の中でどのような処理が行なわれているかはいまだに明らかになっていません.脳から手先まで神経の信号が伝わるのに数十ミリ秒もの時間がかかるにもかかわらず,脳はどのようにしてこの運動を数百ミリ秒のうちに実行してしまうのでしょうか?


私たちは,脳が運動指令決定のメカニズムを解明するため,ヒトの動きを計測しその特性を分析するとともに,遅い神経系を使って短時間で運動指令を定める計算モデルの研究を行なっています.また,脳の神経活動を計測する生理学者と協力し,運動生成の神経メカニズムの理解にも努めています.

視覚系のメカニズム

ヒトの視覚情報処理をコンピュータに移植できれば,これまでにない高性能の画像処理システムが得られるでしょう.この夢のようで夢ではない目的を達成するには,様々な視覚機能を数式で表現した計算モデルが必要不可欠です.


私たちはまず,様々な視覚現象や視覚細胞の性質を吟味して,「この細胞はおそらく微分の計算をしているのだろう」,「この現象は脳が確率の問題を解いているだろう」といった計算モデルについて考察しています. 次に,計算モデルの振舞いをコンピュータシミュレーションにより調べ,モデルの妥当性を検証します.また,シミュレーションの結果に基づき,新たな心理実験の提案や結果の予測を行なっています.

工学的展開

古代よりヒトは道具を生み出すことで自分の能力を拡張してきました.さらに,近年では,バーチャルリアリティ技術に代表されるように,ヒトが直接感じることができない情報を(主に視覚的に)提示することでヒトの能力を拡張する研究が進んでいます. 


私たちは,ヒトが直接感じることのできない情報や,感じているが明確に意識できない情報(例えば,自分の姿勢など)を聴覚を通じて提示する「可聴化」または「聞こえる化」の研究を行なっています.音を通じて自身や他者の状態を明確に 意識できるようになると,運動技能をはじめとする種々の機能の獲得がより効率的に行なえるようになるかもしれません.