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午前の部:講座所属学生による研究発表

10:00~10:10 開会のあいさつ

10:10~10:30 「人間の速度知覚に関するコントラストと空間周波数の関係」 中畑 達雄

晴天下での車の運転と比較すると,霧の中での運転では遅い速度で進んでいるような感覚を得る.このようにヒトの速度知覚は画像コントラストに依存する.この依存性はベイズ推定の結果として説明できることが知られている.一方,ベイズ推定による速度計算式は,画像工学的手法である.Lucas-Kanade法(LK法)による速度計算式と形式的に等価であることがわかる. そこで本研究では,速度知覚に関する性質を画像工学的・計算論的観点から再考察することで,ベイズ的な解釈に加えて,画像工学的な解釈や解析結果を与えることを目的とする.事実,LK法を解析すると,ヒトの速度知覚はコントラストだけではなく,計算論的にはパターンの空間周波数にも依存することが予測された.そこでこの予測の妥当性を検証するために,空間周波数が速度知覚に与える影響を心理物理実験によって調査し,得られた結果とLK法との対応を調べる.

10:30~10:50 「身体運動の可聴化に関する研究」 宝里 直幸

我々は日常生活の中で,聴覚的・音響的な手がかりを利用して身体や道具の動きを制御・調整していることが多い.機械工作の現場で加工部材が発する音を手がかりに切削具合を調整することや,自動車の運転の際にエンジン音やタイヤ音をからアクセルの踏みこみを加減することなどはその良い例である.本研究では,このような「聴覚的・音響的手がかりによる運動制御機能」をより積極的に利用することを考え,身体や道具の動きを音響信号に変換し聴覚を通じて利用者に実時間でフィードバックする方式「可聴化」を提案し,それを利用したシステムを構築した.このシステムは,通常は明確にとらえにくい身体や道具の状態を聴覚の優位性を利用して利用者に提示することで,身体の状態や動きに対する気づきを促し,運動学習や技能獲得支援に応用することを狙ったものである.本発表では身体運動の可聴化に向けてこれまでに試作・実装した可聴化システムを紹介する.

10:50~11:10 「単眼視画像を用いたモーションキャプチャ」 秦 周平

モーションキャプチャは、現実の人物の姿勢や動作を計測し、ディジタル的に記録することである。運動解析の他、計測データを使ってCGにより動作を再現できるため、映画やコンピュータゲームの作成などに広く用いられている。特殊な装置や環境を必要とせず、単一カメラによって撮影された映像(単眼視画像)のみを用いたモーションキャプチャが実現できれば,利用できる範囲が増すと考えられる。現在、単眼視画像を用いたモーションキャプチャ手法が種々提案されているが、様々な動作における各個人の特徴(動作特徴)を正確に再現できるまでには至っていない。そこで本研究では、人間の動作特徴を時間変化の特徴(時間的特徴)と姿勢そのものの特徴(空間的特徴)の2段階に分けて考え、CGで生成したモデルフレームとの照合を段階的に行うことにより、動作特徴の再現性が高いモーションキャプチャ手法を考案した。その手法の概要と実験結果について述べる。

11:10~11:30 「前頭部で検出されるα帯域脳波について」 志賀 一雅

前頭部から検出される脳波のα周波数帯(8-13 Hz) について,後頭部から検出される脳波と比較して関連を調べた.標準的な計測法では耳たぶを基準電極にするが,耳たぶに混入する脳波の影響を避けるために,手首を基準電極にしたものも同時に計測して比較した.その結果,前頭部から計測されるα帯域成分と,後頭部から計測されるα帯域成分は,状況により同位相になったり逆位相になったりすること,位相差が頻繁に変化する被験者と,あまり変化しない被験者のいることが分かった.耳たぶ電極には前頭部と同位相の成分が含まれており,耳たぶに基準電極をおくと前頭部のα帯域成分が過小に評価される可能性があること,また,前頭と後頭のα帯域成分の振幅比は被験者に依存して大きく異なり,被験者によっては前者の方が大きいこともわかった.以上の結果は,α帯域成分が必ずしも後頭葉の局所的活動によるものだけではないことを示唆する.

11:30~11:50 「手先運動の間欠性は断続的な目標ターゲット位置予測によって生じる」 浅野 哲理

到達運動において手先が滑らかな軌道を描くことはよく知られているが、一方で、ゆっくりとした到達運動やターゲット追従運動では、速度波形に非周期的なピークが生じるなど、滑らかではない運動が観測される。このような現象を「運動の間欠性」と呼ぶが、その生成メカニズムはいまだ明らかになっていない。本研究では、運動の間欠性が生じる原因を明らかにすることを目的とし、一定速度で移動するターゲットに対する追従課題を用いた心理物理実験を行っている。これまでの実験では、視覚情報が運動の間欠性に及ぼす影響について検証した。追従課題においてターゲット位置の表示の有無に関わらず、手先運動に間欠性が生じることが確認した。また、速度波形の周波数解析により、ターゲット位置が表示されない場合には表示する場合に比べ、間欠性成分が減少することが確認した。

11:50~12:10 「仮想投てき運動課題における誤差フィードバックの決定的なタイミング」 石川 拓海

運動学習において,我々の脳はどのようにして運動の改善に必要な誤差情報を獲得するのだろうか.本研究では,誤差情報獲得のタイミングに焦点を合わせ,この問題に取り組む.指先到達運動のプリズム適応において,運動の終点に関する視覚情報のフィードバック時刻が到達運動の終了時刻と同期しているとき,適応が効率的に行われることが報告されている(Kitazawa et al. 1995).本研究の基本的な疑問は,投てき運動のような「身体運動(投てき動作)の終了時刻」と「タスク(ボールの着弾)の終了時刻」が一致しないタスクにおいて,どちらの手がかりが効率的な適応に必要か,である.昨年度より実験を継続し,上記の2つの手がかりは,どちらも適応に影響を与える可能性を示唆する実験結果が得られた.この結果により,身体運動終了直後のほかに,我々の脳がタスク終了時刻を予測し,その時刻に誤差情報を受け入れている可能性が示唆された.

午後の部:講演会

13:30~15:00 「運動学習:同定と最適化のプロセス」 井澤 淳(電気通信大学)

我々は身体や環境の変化に対して適応することが出来る。例えば、新しい道具を使うスキルを獲得するとき、始めは不器用であったとしても成功と失敗を繰り返しながら、巧みな動作を獲得することができる。このような意味で脳は本質的に学習機械であり、脳内における学習メカニズムの解明は脳の理解にとって必要不可欠である。特に、発話やコミュニケーションのような高次活動においても人間の持つ様々な機能は身体を土台として成立しているので、身体運動の学習メカニズムの理解は脳を理解する上で最も重要である。これまでに運動学習の計算論的メカニズムが多く議論されてきた。その多くのモデルは、運動学習のプロセスを目標軌道と実現軌道の誤差を各トライアルごとに単調に減少させるモデルが主流であった。このモデルでは学習前と学習後の目標軌道は不変である。これは正しいのか?本研究では、被験者にロボットマニピュランダムを用いた干渉粘性場下での到達運動の学習タスクを行わせた。被験者が3日間連続で学習を経験した後、学習後の軌道は学習前の軌道から大きく逸脱していることが分かった。これは、運動学習によって目標軌道が変化したことを示し、運動学習が環境のモデルの同定とモデルを用いた運動の再最適化を含んでいることを示している。さらに、試行ごとに同定と最適化を繰り返すような運動学習モデルを仮定し、運動学習タスクによってその性質を調べた。小脳に疾患を持つ被験者の運動学習実験のデータから脳の各部位とその計算論的役割について議論する。

15:10~16:40 「離散運動と周期運動の制御・学習機構の違い」 池上 剛(国際電気通信基礎技術研究所)

運動制御・学習に関する我々の最近の2つの研究を紹介する。離散運動(物に手を伸ばす、投げるなど)と周期運動(歩く、拍手するなど)が同一の制御基盤をもとに生成されるかどうかという問いは運動制御分野における未解決問題であった。この問題を解決するために、視覚運動変換条件下において、到達運動を離散的に行う場合と、周期的に行う場合の運動学習の転移を調べた(研究1)。結果、学習が両動作で可換でないことを示し、制御基盤が異なることを示した。また、周期運動の学習成績が離散運動よりも非常に低いことを発見した。このような低い成績が連続的に供給される過度なエラー情報に起因するのではないかと考えた。この仮説を検証するために、視覚フィードバックを間欠的に与えた場合の周期運動の学習過程を調べた(研究2)。結果、視覚フィードバックを連続的 に与えるよりも間欠的に与えた方が、学習が改善されるという反直観的な結果を得た。システム同定の結果、周期運動の学習システムが、一度に複数のエラー情報を参照してしまうことによって学習成績の低下が生じていることがわかった。